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名古屋地方裁判所 平成6年(行ウ)13号 判決 1996年3月27日

名古屋市西区花の木三丁目一三番一八号

原告

有限会社エステート・リョウセイ

右代表者代表取締役

山田良成

右訴訟代理人弁護士

小関敏光

同右

太田寛

同右

角谷晴重

同右

朴憲洙

名古屋市西区押切二丁目七番二一号

被告

名古屋西税務署長 横井毅

右指定代理人

泉良治

同右

太田尚男

同右

戸苅敏

同右

種村敏

主文

一  被告が平成四年四月二八日付けでした原告の昭和六三年五月二五日から平成元年三月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち所得金額マイナス六九万七四〇〇円、納付すべき税額〇円を超える部分及び重加算税賦課決定を取り消す。

二  被告が平成四年四月二八日付けでした原告の昭和六三年六月分源泉徴収に係る所得税についての納付の告知及び不納付加算税賦課決定を取り消す。

三  被告が平成四年四月二八日付けでした原告の平成元年二月分源泉徴収に係る所得税についての納付の告知及び不納付加算税賦課決定(ただし、平成四年一二月二四日付けの納付の告知及び不納付加算税賦課決定により減額された後の部分)を取り消す。

四  被告が平成四年四月二八日付けでした原告の平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち所得金額一九万八七九五円、納付すべき税額五万六四〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定を取り消す。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が平成四年四月二八日付けでした原告の昭和六三年五月二五日から平成元年三月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち所得金額マイナス六九万七四〇〇円、納付すべき税額〇円を超える部分及び重加算税賦課決定を取り消す。

二  被告が平成四年四月二八日付けでした原告の昭和六三年六月分源泉徴収に係る所得税についての納付の告知及び不納付加算税賦課決定を取り消す。

三  被告が平成四年四月二八日付けでした原告の平成元年二月分源泉徴収に係る所得税についての納付の告知及び不納付加算税賦課決定(ただし、平成四年一二月二四日付けの納付の告知及び不納付加算税賦課決定により減額された後の部分)を取り消す。

四  被告が平成四年四月二八日付けでした原告の平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち所得金額一九万八七九五円、納付すべき税額五万六四〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定を取り消す。

五  被告が平成四年四月二八日付けでした原告の平成二年四月一日から平成三年三月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち所得金額マイナス六万三六六二円、納付すべき税額〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一  本件における課税処分の経緯(以下の事実は争いがない。)

1(一)  原告は、平成元年五月三一日、昭和六三年五月二五日から平成元年三月三一日までの事業年度(以下「平成元年三月期」という。)の法人税について、所得金額をマイナス六九万七四〇〇円、納付すべき税額を〇円とする確定申告をした。

(二)  被告は、平成四年四月二八日付けで、原告の平成元年三月期の法人税につき、所得金額を一〇〇万二六〇〇円、納付すべき税額を三〇万〇六〇〇円とする更正及び加算税の額を一〇万五〇〇〇円とする重加算税賦課決定をした。

2  被告は、平成四年四月二八日付けで、原告の昭和六三年六月分源泉徴収に係る所得税について、告知額を六万八四〇〇円とする納付の告知及び加算税の額を六〇〇〇円とする不納付加算税賦課決定をした。

3(一)  被告は、平成四年四月二八日付けで、原告の平成元年二月分源泉徴収に係る所得税について、告知額を三六万六一〇〇円とする納付の告知及び加算税の額を三万六〇〇〇円とする不納付加算税賦課決定をした。

(二)  被告は、平成四年一二月二四日付けで、右告知額を二二万八〇〇〇円に、右加算税の額を二万二〇〇〇円に減額する旨の納付の告知及び不納付加算税賦課決定をした。

4(一)  原告は、平成二年五月三〇日、原告の平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度(以下「平成二年三月期」という。)の法人税につき、所得金額を一九万八七九五円、納付すべき税額を五万六四〇〇円とする確定申告をした。

(二)  被告は、平成四年四月二八日付けで、原告の平成二年三月期の法人税につき、所得金額を八三万六〇九五円、納付すべき税額を二四万一四〇〇円とする更正及び加算税の額を六万三〇〇〇円とする重加算税賦課決定をした。

5(一)  原告は、平成三年五月三一日、原告の平成二年四月一日から平成三年三月三一日までの事業年度(以下「平成三年三月期」という。)の法人税につき、所得金額をマイナス六万三六六二円、納付すべき税額を〇円とする確定申告をした。

(二)  被告は、平成四年四月二八日付けで、原告の平成三年三月期の法人税につき、所得金額を一一八八万六二三八円、納付すべき税額を三六四万八五〇〇円とする更正(以下「平成三年三月期の更正処分」という。)及び加算税の額を五二万八五〇〇円とする過少申告加算税賦課決定をした。

二  争点1(手数料の帰属)について

1  原告設立の経緯等(以下の事実は争いがない。)

山田良成(以下「山田」という。)は、高等学校卒業後、法律事務所に約一二年間勤務し、昭和五九年に法律事務所を退職した。そして、山田は、同年宅地建物取引主任者の資格を取得し、昭和六〇年一月に、株式会社日正不動産センター(以下「日正不動産」という。)に入社した。

山田は、昭和六三年五月二二日に日正不動産を退職し、同月二五日、原告を設立して、代表取締役に就任した。

原告は、同年七月に宅地建物取引業の免許を取得した。

2  手数料取得の経緯

(一) 山田は、斎藤重也弁護士(以下「斎藤弁護士」という。)から、名古屋市港区辰巳町四一〇五番地の土地及び同土地上の建物(以下「A物件」という。)について、売却先の紹介を依頼された。

山田は、岩本健一(以下「岩本」という。)を紹介し、斎藤弁護士は、昭和六二年八月五日、A物件の所有者の代理人として、岩本との間で、岩本に対し、代金三九〇〇万円でA物件を売り渡す旨の売買契約(以下「本件A物件売買契約」という。)を締結した。

山田は、同月六日、岩本から、A物件に関する手数料として、一〇〇万円を受領し、母親である山田幸代名義の領収書を岩本に交付した。

A物件の明渡期日は、昭和六三年三月末日と定められていたが、A物件に居住していた竹内幸男が明け渡さなかったため、岩本は、竹内幸男を被告として建物明渡請求訴訟を提起し、勝訴判決を得て、建物明渡しの強制執行をした。同執行は、平成元年二月四日に完了した。

そして、A物件につき、同月八日、岩本への持分八分の一の移転登記がされ、同月二〇日、岩本への持分八分の七の移転登記がされた。

山田は、同月二〇日、岩本から、A物件に関する手数料として、一二〇万円を受領し、母親である山田幸代名義の領収書を岩本に交付した。

(二) 山田は、斎藤弁護士から、名古屋市千種区振甫町二丁目三九番一号メゾン振甫二〇三の区分所有権及び敷地の持分(以下「B物件」という。)について、売却先の紹介を依頼された。B物件は、斎藤弁護士が破産管財人となっていた破産者が所有していた物件であった。

山田は、岩本が代表者である有限会社イヨハウジング(以下「イヨハウジング」という。)を紹介し、斎藤弁護士は、昭和六三年六月八日に裁判所の許可を得た上、同月二〇日、イヨハウジングとの間で、イヨハウジングに対し、代金九八〇万円でB物件を売り渡す旨の売買契約(以下「本件B物件売買契約」という。)を締結した。

右売買契約成立後、イヨハウジングに対し、B物件の引渡しと移転登記がされた。

山田は、同月二〇日、イヨハウジングから、B物件に関する仲介手数料として、五〇万円を受領し、母親である山田幸代名義の領収書をイヨハウジングに交付した。

(以上の事実のうち、竹内幸男に対する建物明渡しの強制執行が完了した日が平成元年二月四日であることは、乙八により認める。他の事実は争いがない。)

3  手数料の帰属についての当事者の主張

(一) 被告の主張

<1> 法人への引継ぎについて

法人設立に当たっては、定款の作成・認証、資本金となるべき資金の手当て、商業登記手続等を必要とすること、山田は日正不動産に在職中から日正不動産に不満を持っていたこと、山田が日正不動産を退職した翌日には事務所を開設していることなどからすると、山田は、日正不動産を退職するかなり前から原告の設立を考えていたものというべきであり、遅くとも斎藤弁護士からB物件についての売却先紹介の依頼があった昭和六二年九月末か一〇月初めころには、原告の設立を考えていたと認めることが相当である。

商法上は、設立中の法人を設立後の法人と切り離して、「人格のない社団又は財団」とみるのが通説である。しかし、両者を切り離す考え方を、そのまま課税関係に持ち込むと、問題をいたずらに複雑にするだけで、あまり実際的ではない。そこで、法人税法基本通達は、原則として、設立第一期の所得計算に含めて申告すれば足りるとして、実際的な解決を図っている(法人税法基本通達二-五-二)。この例外とされるのは、設立期間がその設立に通常要する期間を超えて長期にわたる場合、法人設立が個人事業を引き継いで行われる場合である。本件では、右の例外的な場合のいずれにも当たらないから、右の原告設立期間中の行為は原告の行為であると評価すべきである。

また、法人設立後は、個人としての人格と法人としての人格が併存しているところ、個人の事業として法人の目的業務と同様の業務を行い得るという取扱いを安易に認めると、個人事業の名目で所得の分散を容易になし得る結果となり、租税法における公平負担の原則に反する。

さらに、山田は、竹内幸男に対するA物件明渡し強制執行の調書に立会証人として署名する際に、原告の住所を自己の住所として記載していること、山田は、A、B各物件の手数料を受領した際に母親名義の領収書を発行していること、右手数料に関する山田個人の税務申告がされていないことなどからすると、山田は、A、B各物件の売買に関与するに際して、山田個人ではない法人の事業の存在を念頭に置いていたといえる。

以上のような観点からすると、山田は、原告設立後は、不動産業に関するすべての業務を原告に移転したものと理解すべきである。

<2> A物件に係る手数料の帰属について

ア 斎藤弁護士は、A物件の取引以前にも日正不動産と取引を行っており、A物件の取引についてもこれらと同様に進められたことからすると、山田は、日正不動産の使用人としての立場において、A物件の取引に関与したものというべきである。そうすると、山田が昭和六二年八月六日に受領した一〇〇万円は、日正不動産の業務に係る手数料と認められる。

イ 宅地建物取引業法が規定するA物件に係る仲介手数料の上限額は、一二三万円であるから、A物件に係る仲介手数料は、山田が昭和六二年八月六日に受領した一〇〇万円のみであることは明らかである。

ウ 竹内幸男がA物件を明け渡さなかったため、岩本は、竹内幸男を被告として訴訟を提起し、判決を得て、建物明渡しの強制執行をしたのであるが、山田は、右のA物件の明渡しに関しては、強制執行には立ち会ったものの、判決までは何ら関与していない。このようなことからすると、山田が、右判決後、岩本から、A物件の明渡しについて尽力を依頼されたことは明らかである。そして、その時期には、原告は設立されていたから、原告に対して依頼したものというべきである。

また、A物件の価格は、平成元年二月ころには、岩本が買い受けたころよりかなり高くなっていた。

さらに、右のとおり、山田は、A物件明渡しの強制執行の調書に署名する際に、原告の住所を自己の住所として記載しているし、A物件に係る手数料について山田個人の税務申告をしていない。

エ 会社の取締役が会社と同じ事業を行った場合、取締役会又は社員総会は、当該取締役の行為を会社の行為とみなすことができる(商法二六四条、有限会社法二九条)。

オ 以上述べたところに右<1>で述べたところを総合すると、岩本は、平成元年二月二〇日に、A物件の明渡しについての尽力に対する手数料又はA物件の価格が高騰して利益を得たことに対する謝礼として、山田個人ではなく、原告に対して、一二〇万円を支払ったものというべきであるから、右一二〇万円は原告に帰属するものである。

<3> B物件に係る手数料の帰属について

ア 仲介手数料債権は売買契約が成立して初めて発生するところ、本件B物件売買契約が成立したのは、原告設立後である昭和六三年六月二〇日である。

イ 山田は、B物件に係る仲介手数料について山田個人の税務申告をしていない。

ウ 右のとおり、会社の取締役が会社と同じ事業を行った場合、取締役会又は社員総会は、当該取締役の行為を会社の行為とみなすことができる。

エ 以上述べたところに右<1>で述べたところを総合すると、岩本が昭和六三年六月二〇日に支払ったB物件に係る仲介手数料五〇万円は、山田個人ではなく、原告に帰属するものというべきである。

<4> 平成元年三月期の法人税額について

原告の平成元年三月期の所得金額は、確定申告の金額マイナス六九万七四〇〇円に、右<2>、<3>の手数料の額合計一七〇万円を加算した一〇〇万二六〇〇円となり、納付すべき税額は三〇万〇六〇〇円となる。

また、原告は、右手数料を受領するに当たり、原告とは無関係の山田幸代の名称を使用した領収書を発行して、事実を仮装し、平成元年三月期の所得金額等を過少に申告したから、重加算税を賦課すべき要件があるところ、重加算税の金額は一〇万五〇〇〇円となる。

<5> 平成二年三月期の法人税額について

右<4>のとおり、平成元年三月期から平成二年三月期に繰り越される欠損金はないから、原告の平成二年三月期の所得金額は、確定申告の金額一九万八七九五円に、確定申告における繰越欠損金の控除額六九万七四〇〇円を加算し、平成元年三月期の所得金額が右のとおり増加したことによって増加する事業税の額六万〇一〇〇円を減額した八三万六〇九五円となり、納付すべき税額は二四万一四〇〇円となる。

また、原告は、右<4>のとおり事実を仮装し、平成二年三月期の所得金額等を過少に申告したから、重加算税を賦課すべき要件があるところ、重加算税の金額は六万三〇〇〇円となる。

<6> 源泉徴収に係る所得税について

右<2>、<3>の手数料は、原告の収入とすべきところ、山田が個人的に費消したものと認められるから、山田に対する賞与と認定することができる。

そこで、原告は、昭和六三年六月分の源泉徴収に係る所得税につき六万八四〇〇円、平成元年二月分の源泉徴収に係る所得税につき二二万八〇〇〇円を納付すべき義務がある。それらを納付しないことによる不納付加算税の額は、前者につき六〇〇〇円、後者につき二万二〇〇〇円である。

(二) 原告の主張

<1> 法人への引継ぎについて

山田が、日正不動産を退職するかなり前から原告の設立を考えていたということはない。山田は、昭和六三年五月二一日までは日正不動産を退職することは考えていなかったが、同日、支店長から理由なく降格させられたため、翌二二日に退職の申出をした。

会社の設立中に取引がされた場合で、その取引の帰属が会社か個人かが不明であるときに、会社に帰属させることがあるとしても、本件では、山田は、明らかに個人として取引する意思を持って行為しているから、この効果が原告に帰属することはない。

<2> A物件に係る手数料の帰属について

ア 山田が、A物件の売買について行った行為は、仲介ではなく、代理であり、山田は、本件A物件売買契約が成立する以前に、岩本との間で、代理手数料の額を二二〇万円とする旨合意していた。

不動産の取引において業者が一社のみ関与し、かつ、一方当事者から手数料の支払を受けることができない場合、他方の当事者から双方の分の手数料の支払を受けることは世上よく見られることである。A物件の売買の代理において、山田は、斎藤弁護士の側から手数料を受領することができなかったため、岩本から、双方の分の手数料を受領したのであって、二二〇万円全額が代理手数料である。なお、宅地建物取引業法が規定するA物件に係る代理手数料の上限額は、二三四万円である。

イ 不動産の取引における代理手数料債権は、売買契約が成立したときに発生するから、本件A物件売買契約締結時に原告が設立されていない以上、A物件の売買の代理を原因とする手数料が原告に帰属することはない。

ウ 本件A物件売買契約においては、将来引渡しがどうなるか不明であり、引渡しができず売買契約が解除されたときは、受領した手数料を返還しなければならなかった。そこで、山田は、将来引渡しが完了したときには手数料を日正不動産に入金し、同社の正式な領収書を発行することを予定して、昭和六二年八月六日に受領した一〇〇万円について、仮に母親名義の領収書を発行した。母親名義にしたのは、日正不動産に知れると困ると思ったからである。そして、山田は、A物件の引渡しが完了して、平成元年二月二〇日に残りの手数料一二〇万円を受領したときには、日正不動産の社員ではなかったので、日正不動産に手数料を入金することはせず、山田個人で取得することとし、右一〇〇万円について母親名義の領収書を発行した関係から、右一二〇万円についても母親名義の領収書を発行した。原告が、このように原告名義の領収書を発行しなかったことは、右代理手数料が山田個人に帰属することを示すものといえる。

エ 山田は、A物件に係る代理手数料について、山田個人で税務申告する予定でいたが、申告することを失念した。その後、山田は、個人の所得として修正申告しようとしたが、被告の側が、それでも法人税は免除しないと主張したため、修正申告はしなかった。

オ 以上のとおり、A物件に係る右代理手数料一二〇万円は、原告ではなく、山田個人に帰属するものである。

<3> B物件に係る手数料の帰属について

ア 山田が、斎藤弁護士から、B物件について、売却先の紹介を依頼されたのは、原告設立前の昭和六二年一〇月ころである。また、斎藤弁護士とイヨハウジングとの間でB物件について実質的に売買の合意が成立したのは、昭和六三年五月二三日の直後ころであるから、原告の設立前であった可能性が高い。さらに、本件B物件売買契約が成立した昭和六三年六月二〇日の時点において、原告は、宅地建物取引業の免許を有していなかった。これらのことからすると、右売買契約の仲介行為は、原告の行為ではなく、山田個人の行為であることは明らかである。

イ 山田は、B物件に係る仲介手数料五〇万円につき、母親名義の領収書を発行しているが、その理由は、原告が右とおり免許を有していなかったからである。原告が、このように原告名義の領収書を発行しなかったことは、右仲介手数料が山田個人に帰属することを示すものといえる。

ウ 山田は、B物件に係る仲介手数料について、山田個人で税務申告する予定でいたが、申告することを失念した。その後、山田は、個人の所得として修正申告しようとしたが、被告の側が、それでも法人税は免除しないと主張したため、修正申告はしなかた。

エ 以上のとおり、B物件に係る仲介手数料は、原告ではなく、山田個人に帰属するものである。

三  争点2(役員報酬額)について

1  原告の山田に対する役員報酬額(以下の事実は争いがない。)

原告は、平成三年三月期における山田に対する役員報酬の額を三〇〇〇万円と決定し、その額を支給した(以下この役員報酬を「本件役員報酬」という。)。

原告が平成元年三月期、平成二年三月期、平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの事業年度(以下「平成四年三月期」という。)において、山田に支給した役員報酬の額は、それぞれ七二〇万円、一〇八〇万円、一九〇〇万円であった。

2  法人税法三四条一項は、役員報酬のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、損金の額に算入しないと規定するところ、これを受けて、法人税法施行令六九条(以下「令六九条」という。)は、右の政令で定める金額は、当該役員の職務の内容、当該法人の収益及びその使用人に対する給料の支給の状況、当該法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する報酬の支給の状況等に照らし、当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額(以下「適正報酬額」という。)を超える部分の金額であると規定する。

3  役員報酬額についての当事者の主張

(一) 被告の主張

<1> 原告の山田に対する役員報酬について、令六九条が定める各事項につき見ると、次のようになる。

ア 山田の職務の内容

山田は、原告の唯一の常勤取締役であり、原告設立以来、代表取締役として、不動産取引業に従事している。

山田の職務の内容が、平成三年三月期には、それまでの事業年度と比べて重くなったということはない。原告は、平成三年三月期に、法律事務所に勤務した経験のある柴田義幸(以下「柴田」という。)を雇用したから、山田の負担は、それまでの事業年度と比べて、むしろ軽減されたはずである。

イ 原告の収益の状況

原告の設立以降における売上金額は、別紙一の「売上金額」欄記載のとおりであり、平成三年三月期は、平成二年三月期に比べて、約一・五三倍になった。

ウ 原告における使用人に対する給料の支給状況

原告の使用人に対する給料の支給状況は、別紙一の「使用人」欄記載のとおりであり、原告が使用人に対して支給した毎月の給与(以下「給与」という。)の合計額は、平成三年三月期には、平成二年三月期に比べて、約五〇九万円増加し、約二・六五倍になった。また、原告が使用人に対して支給した賞与の合計額は、平成三年三月期には、平成二年三月期に比べて、約一四〇万円増加し、約二・四二倍になった。

もっとも、平成三年三月期には、柴田の雇用により、使用人が一名増加したのであるから、柴田に支給された給与四八〇万円及び賞与四〇万〇五二六円を除いて、平成三年三月期と平成二年三月期を比較すべきであるといえる。そして、そのようにして比較すると、平成三年三月期は、平成二年三月期に比べて、給与の合計額が、三〇万円増加し、約一・一〇倍になったということができ、また、賞与の合計額は、一〇〇万円増加し、約二・〇二倍になったということができる。

なお、平成二年三月期と平成三年三月期における各使用人に対する給与の支給状況は次のとおりである。

平成二年三月期 平成三年三月期 対前年比

山田訓 八七万五〇〇〇円 九〇万円 一・〇三%

山田恵子 八七万五〇〇〇円 九〇万円 一・〇三%

川崎美香 一三三万六〇四〇円 一五八万四〇〇〇円 一・一九%

エ 原告と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する報酬の支給状況

名古屋国税局長は、別紙三の抽出基準に該当する法人を、原告と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するもの(以下「類似法人」という。)と認め、右の要件に該当する法人一〇社について、売上金額、個人換算所得額、役員報酬額、使用人の給料の額を調査した(以下、この調査を「本件調査」という。)。その結果は、別紙二及び四のとおりである。

右の結果からすると、原告の平成三年三月期の売上金額は、類似法人の該当年度の売上金額の平均値とほぼ類似していること、原告の平成三年三月期の売上金額の対前年度増加比率は約一・五三倍であるところ、類似法人の該当年度の売上金額の対前年度増加比率の平均値は約一・五六倍であり、近似していること、原告の平成三年三月期の個人換算所得は、類似法人の該当年度の個人換算所得の平均値の約一・四倍であるが、原告の前年度(平成二年三月期)の個人換算所得は、類似法人の前年度の個人換算所得の平均値の約一・〇五倍であること、本件役員報酬の額は、類似法人の該当年度の役員報酬額の平均値の約二・五三倍であるが、原告の前年度の役員報酬額は、類似法人の前年度の役員報酬額の平均値の約一・三二倍であること、類似法人の該当年度の役員報酬の最高額は一五〇〇万円であるが、本件役員報酬の額は、三〇〇〇万円であることを指摘することができる。

以上述べたところからすると、類似法人と比較して、原告の本件役員報酬の額が著しく高額であることは明らかである。

<2> 平成三年三月期における山田に対する適正報酬額は、次のとおりである。

ア 主位的主張

本件調査結果は、合理的な抽出基準に基づき恣意や思惑が入りこむ余地のない方法によって抽出された法人についてされたものであるから、信頼性が高いものである。そして、この調査結果に基づき、別紙五の計算式によって平成三年三月期における山田に対する適正報酬額を算定すると、別紙五記載のとおり一四〇〇万円となる。したがって、平成三年三月期における山田に対する適正報酬額は、一四〇〇万円であるということができる。

イ 予備的主張

原告の平成三年三月期の売上金額は、平成二年三月期に比べて、約一・五三倍になったのであるから、これを、平成二年三月期の山田に対する役員報酬額一〇八〇万円に掛けると、一六五二万四〇〇〇円となる。

原告の平成三年三月期における使用人の給与の額は、平成二年三月期に比べて、約一・二倍になったのであるから、これを、平成二年三月期の山田に対する役員報酬額一〇八〇万円に掛けると、一二九六万円となる。

本件調査結果に基づいて算定した山田に対する適正報酬額は、右のとおり一四〇〇万円である。

以上のうち、最も高額なものは、一六五二万四〇〇〇円であるから、これを採用すると、平成三年三月期における山田に対する適正報酬額は、一七〇〇万円であるということができる。

<3> 平成三年三月期の法人税額について

原告の平成三年三月期の所得金額は、確定申告の金額マイナス六万三六六二円に、本件役員報酬の額が右<2>の適正報酬額を上回る金額一六〇〇万円(又は一三〇〇万円)を加算し、平成二年三月期の所得金額が前記二3(一)<5>のとおり増加したことによって増加する事業税の額五万〇一〇〇円を減額した一五八八万六二三八円(又は一二八八万六二三八円)となり、所得金額、納付すべき税額ともに、平成三年三月期の更正処分における所得金額一一八八万六二三八円、納付すべき税額三六四万八五〇〇円を上回ることになる。

また、右のとおり過少申告があったことになり、過少申告加算税の額は五二万八五〇〇円を上回る。

(二) 原告の主張

<1> 原告は、本件役員報酬の額を平成二年五月二五日開催の株主総会において決定した。原告には、同年三月末日の時点で六〇〇〇万円の売上げを見込むことができる具体的な取引の予定があり、その他にも売上げを見込むことができる状況にあったので、右株主総会の時点において、平成三年三月期の売上金額を一億円と想定して、本件役員報酬の額を決定した。原告の一年間の役員報酬を除く一般管理費の額は、三〇〇〇万円程度であるから、一億円の売上げがあれば、本件役員報酬の額を三〇〇〇万円と定めたとしても、三〇〇〇万円以上の利益が出る状況にあった。

ところが、不動産取引についての各種の規制措置により、予想外に不動産取引が減少したため、原告の平成三年三月期の売上金額は六八一〇万円となり、その結果、本件役員報酬の額が売上金額の四四パーセント近くも占めるようになった。

以上の経過からすると、本件役員報酬の額が、決して過大なものではないことは明らかである。

<2> 被告の算定方式(別紙五)によると、役員報酬額が類似法人の役員報酬額の平均値を上回る以上、売上金額、売上総利益額、個人換算所得額、使用人給料最高額のいずれかが、平均値と大きく異ならない限り、不相当な報酬額であるということになってしまう(現に、本件調査において類似法人として抽出された一〇社のうち四社の役員報酬額は、右算定方式によると、不相当なものとなる。)また、右算定方式では、設立後何期目か、売上げが伸び盛りかどうか、役員の年齢や家族構成、従業員が増加傾向かどうか、取引の形態、役員の収益に対する寄与度、役員の労働時間等の役員報酬の決定に当たって考慮すべき要因が全く考慮されていない。以上のようなことからすると、右算定方式によって適正報酬額を算定することは、令六九条に違反する。

<3> 適正報酬額は、別紙六の算式によって、算定すべきである。この算式は、被告の算式とは、代表者の事業従事割合が考慮されているということと、一・五ないし一・八という調整値を掛けるところが、異なる。

本件調査において類似法人として抽出された法人一〇社の数値を基に別紙六の算式によって山田に対する適正報酬額を算定すると、二一〇〇万円ないし二五〇〇万円となる。また、被告が平成三年三月期の更正処分時において抽出した法人五社の数値を基に別紙六の算式によって、山田に対する適正報酬額を算定すると、二七〇〇万円ないし三三〇〇万円となる。

<4> 山田は、約一二年間にわたり法律事務所に勤務したことにより、係争中の不動産や競売事件・破産事件の対象となっている不動産(以下、このような不動産を「事件物の不動産」という。)の処理に関するノウハウを修得し、多くの弁護士との間に個人的な信頼関係を築いた。原告は、これらの山田のノウハウや人的なつながりを基に、事件物の不動産の仲介・代理を行うことを中心的な業務としてきた。これらの事件物の不動産の仲介・代理業務は、差押債権者や抵当権者との交渉や破産財団への組入額に対する配慮、売却の許可を得るための評価書の作成等、通常の不動産の仲介・代理業務とは異なる業務が存すること、成約までの期間が、最低でも三箇月、長いときには数年にわたるなど、長期間にわたること、和解が成立しないなどの売主側の事情によって取引が不成立になる可能性が高いことなどの特殊性がある。そして、このような特殊性があるため、仲介・代理業務のほとんどを代表者である山田が自ら担当しなければならない。

ところが、このような事件物の不動産の仲介・代理を中心的な業務とする不動産業者は、名古屋市内にはほとんど存しないから、本件調査において類似法人として抽出された法人は、原告と類似していない。

その上、本件調査において類似法人として抽出された法人一〇社(別紙二、四の法人)のうち名古屋中アと千種アは、売上金額と売上総利益額に差があることからすると、不動産の仲介・代理のみならず、不動産を仕入れて転売する業務も行っていたと考えられるから、不動産の仲介・代理のみを行う原告とは、その業務が大きく異なる。

したがって、本件調査において類似法人として抽出された法人一〇社の数値を基に山田に対する適正報酬額を算定することはできない。

<5> 本件調査において類似法人を抽出するに当たり所得金額が欠損金額である法人が除かれているが、不動産仲介業者の経費の半分近くは役員報酬であるから、所得金額が欠損金額である業者は、役員報酬が高額である可能性が高い。したがって、類似法人を抽出するに当たって、所得金額が欠損金額である法人を除くと、役員報酬が高額である法人が除かれることになり、そのような法人の数値を基に山田に対する適正報酬額を算定することは、適切ではない。また、原告は、平成三年三月期には、創立してから三期目の伸び盛りの時期にあったが、このような点も類似法人の抽出に当たって考慮されていない。

<6> 本件調査において類似法人として抽出された法人一〇社の数値と被告が平成三年三月期の更正処分時において抽出した法人五社の数値は、大きく異なる。このことは、課税者の側において抽出基準を操作することによって自己に有利なデータを作り出すことができることを示している。これに対し、原告の側では、抽出された法人について調査することができない。また、右のように数値が異なることからすると、納税者の側で適正報酬額を知ることが不可能又は著しく困難であるということができ、そのような方法によって税額を算定することは租税法律主義に反する。

したがって、本件調査において類似法人として抽出された法人一〇社の数値を基に山田に対する適正報酬額を算定することは許されない。

<7> 平成三年三月期において、山田に対する役員報酬額を一八〇〇万円とした場合には、役員報酬額を三〇〇〇万円としたときに比べて、法人税額は増加するものの、山田の所得税額が減少するから、法人税額と所得税額を合わせた額は、役員報酬額を三〇〇〇万円としたときに比べて、合計一二〇万円少ないことになる。また、山田に対する役員報酬額を一八〇〇万円とした場合には、役員報酬額を三〇〇〇万円としたときに比べて、地方税を含めても、原告と山田の税負担の合計額は少なくなる。

以上の事実からすると、本件役員報酬の額の決定が税負担を免れる目的でないことは明らかである。

(三) 被告の反論

<1> 原告は、本件役員報酬の額を決定した平成二年五月二五日開催の株主総会の当時、平成三年三月期には、一億円の売上げを見込むことができた旨の主張をするが、その根拠は不明であること、それまでの事業年度における売上金額の推移からすると、平成三年三月期に一億円の売上げを見込むことはできないこと、右株主総会までの間における原告の売上金額は、六〇〇万円程度であること、実際の平成三年三月期の売上金額は六八一〇万円であることからすると、右主張は、何ら根拠を有するものではない。

<2> 別紙五の算定方式は、類似法人の役員報酬額の平均値のみならず、売上げ金額等の他の要因も考慮して、適正報酬額を算定するものである。また、本件調査結果は、常勤役員が一人の法人を抽出しているから、これに基づき、別紙五の算定方式によって適正報酬額を算定することは、役員の職務の類似性も考慮しているということができる。

<3> 原告主張に係る別紙六の算定方式は、一・五ないし一・八という調整値の根拠が不明であるから、採用できない。

<4> 事件物の不動産の取引においては、通常よりも多くの報酬を取得することができるから、成約に至るまでに長期間を要したり、不成立に終わることが多いとしても、他の通常取引と比較して、労力の割に利益が少ないということはできない。また、仮に、事件物の不動産の仲介・代理業務には特異性があるとしても、事件物の不動産を扱う業者を抽出することは不可能であるし、類似法人の数値を平均化することによって、右の特異性は、捨象されるということができる。

<5> 本件調査において類似法人として法人を抽出した抽出基準は、被告が平成三年三月期の更正処分時において法人を抽出した抽出基準と比較した場合、地域を拡大したことと使用人数の基準を追加したことが異なるのみであり、恣意的に基準を変更したものではない。また、令六九条に掲げられた諸事情に照らせば適正報酬額は自ずと明らかになるから、租税法律主義に反することもない。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四当裁判所の判断

一  争点1(手数料の帰属)について

1  法人への引継ぎについて

(一) 原告に関する「設立中の法人」について

<1> 前記第二の二1の事実に証拠(甲二三、甲二四の一ないし三、甲二五、二六、原告代表者)と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

ア 山田は、日正不動産の本山支店長であったところ、昭和六三年五月二一日に、日正不動産の社長から、会社の社員に対する待遇などを批判したことを理由として、平社員への降格を言い渡された。そこで、山田は、翌二二日の午後に、社長に対して、退職の申出をし、日正不動産を退職した。

イ 山田は、同月二二日の午前中に、杉本司法書士の自宅へ行き、原告の設立手続を依頼し、同月二五日に原告の設立登記がされた。会社の印鑑の作成が間に合わなかったので、差し当たり山田個人の印鑑を原告の印鑑として届け出て原告の設立手続を行い、会社の印鑑ができた後の同年六月一五日に印鑑を変更する旨の届出をした。また、原告は、同月三日に、宅地建物取引業の免許の申請をした。

ウ 山田は、同年五月二三日に杉本司法書士の事務所の一画を原告の事務所として借り、その約一週間後に右の原告の事務所に電話を設置した。そして、原告は、同年七月に宅地建物取引業の免許を取得するまでの間においても、不動産取引に関する業務を行っていたが、本格的に仲介業務等を行うようになったのは、右の免許を取得した後であった。

<2> 右<1>認定の事実からすると、山田は、昭和六三年五月二一日に、日正不動産の社長から降格処分を受けたことから、翌二二日に退職したもので、以前から準備した上で退職したものではないことが認められる。

この点について、被告は、山田は、日正不動産を退職するかなり前から原告の成立を考えていたものというべきであり、遅くとも昭和六二年九月末から一〇月初めころには、原告の設立を考えていたと認めることが相当であると主張するが、そのように以前から原告の設立を考えていたのであれば、会社の印鑑の作成が間に合わないということはないはずであり、この点と右(一)認定のその他の事実に照らすと、被告の右主張は採用することができない。

<3> したがって、原告について、「設立中の法人」を観念することができるとしても、それは、昭和六三年五月二二日から原告が同月二五日までの間に限られるというべきである。

(二) 山田個人の事業の原告への移転について

<1> 法人が設立された場合には、その法人の代表者がそれまで個人で行っていた法人の目的と同種の事業は、当然に法人に移転させたものということができるとか、そのようなものとして課税することができると解すべき根拠はない。移転させたものというためには、移転させたと認めるに足りる事実がなければならないものというべきである。

<2> 被告は、法人設立後に、個人の事業として法人の目的業務と同様の業務を行い得るという取扱いを安易に認めると、個人事業の名目で所得の分散を容易になし得る結果となり、租税法における公平負担の原則に反すると主張する。確かに、法人の事業であるにもかかわらず、個人の事業であるかのように仮装して、税負担を免れることは許されないが、それが真に個人の事業であれば、法人ではなく、個人に課税するのは、当然のことであり、法人が設立された以上は、代表者個人の事業は当然に法人に移転されたものとして、課税することができるものではない(なお、商法二六四条、有限会社法二九条の規定は、取締役個人の事業と法人の事業が併存することを前提として、取締役が個人として事業を行って会社に損害を与えることを防止するために必要な規制を加えたものというべきであるから、法人が設立された場合に、それより前に代表者個人として行われた事業が当然に法人に移転されたものとして課税すべきことの根拠とはならない。)

<3> また、被告は、山田が竹内幸男に対するA物件明渡しの強制執行の調書に立会証人として署名する際に原告の住所を自己の住所として記載していること、山田が、A、B各物件の手数料を受領した際に母親名義の領収書を発行していること、右手数料に関する山田個人の税務申告がされていないことを、山田が原告設立後不動産業に関する山田個人の事業をすべて原告に移転したことの根拠として主張するが、これらの事実のみでは、山田が原告設立後不動産業に関する山田個人の事業をすべて原告に移転したものと認めることはできないし、他に、山田が原告設立後不動産業に関する山田個人の事業をすべて原告に移転したものと認めるに足りる証拠はない(山田が、A、B各物件の手数料を受領した際に、原告名義ではなく、母親名義の領収書を発行していることは、むしろ、手数料を受領した事業が山田個人の事業であることを推認させるものということができる。)。

<4> 以上のとおり、本件において、山田は原告設立後は不動産業に関する山田個人の事業をすべて原告に移転したものと認めることはできない。

2  A物件に係る手数料について

(一) 前記第二の二2(一)の事実に証拠(甲一一、一二、甲二一の一〇、乙二の一、二、乙七、八、一三ないし一五、一八ないし二〇、証人岩本健一、原告代表者)と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

<1> 斎藤弁護士は、昭和六二年一月末ころ、山田に対し、A物件の売却先の紹介を依頼した。斎藤弁護士の希望価格は、四〇〇〇万円であった。

<2> 山田は、岩本に、A物件の買受けを打診したところ、岩本は、三九〇〇万円で買い受けることを希望し、昭和六二年二月九日にA物件を代金三九〇〇万円で買い受ける旨の買付証明書を山田に交付して、代金額について減額交渉をすることを山田に依頼した。そして、山田が斎藤弁護士と交渉した結果、代金額を三九〇〇万円とすることで当事者双方が合意し、本件A物件売買契約が締結された。

<3> 岩本は、山田からA物件の買受けの打診を受けたころから、二〇〇万円の手数料を支払うことを山田に話していたが、右のとおり売買代金額が減額されたことから、二〇万円追加して二二〇万円の手数料を支払うこととした。そして、本件A物件売買契約締結時までには、山田と岩本の間において、手数料の額を二二〇万円とし、岩本は山田に対し、契約締結時に一〇〇万円を支払い、残額については、A物件明渡時に支払うとの約定が成立した。

<4> 斎藤弁護士が、A物件を占有していた竹内幸男に対し、明渡しの交渉をしたが、竹内幸男がA物件を明け渡さなかったため、佐脇敦子弁護士(以下「佐脇弁護士」という。)が岩本の代理人となって、竹内幸男を被告として明渡訴訟を提起し、勝訴判決を得た。そして、佐脇弁護士が岩本の代理人となって建物明渡しの強制執行の申立てをした。強制執行は、昭和六三年一二月二七日と平成元年二月四日に行われ、平成元年二月四日に執行が完了した。山田は、右のA物件の明渡しに関しては、昭和六三年一二月二七日の強制執行には立ち会ったものの、明渡しの交渉や訴訟には関与しなかったし、平成元年二月四日の執行が完了した期日にも立ち会わなかった。

(二) 前記第二の二2(一)の事実と右(一)認定の事実に基づきA物件に係る手数料の帰属について判断する。

<1> 山田は、斎藤弁護士からA物件の売却先の紹介を依頼され、岩本を斎藤弁護士に紹介し、右(一)認定のとおり仲介活動をしたものと認められるが、山田がA物件の売買について代理権を与えられていたと認めるに足りる証拠はないから、山田がA物件の売買について行った行為は、代理ではなく、仲介であると認めることができる。

<2> 山田が、斎藤弁護士から、A物件について、売却先の紹介を依頼され、仲介活動を行い、本件A物件売買契約を成立させた当時、山田は、日正不動産の社員であったものと認められるが、証拠(乙二二、原告代表者)と弁論の全趣旨によると、山田は、右仲介について何ら日正不動産に報告しなかったこと、山田は、昭和六二年八月六日に受領した手数料を日正不動産に入金せず、個人的な用途に費消したこと、以上の各事実が認められる上、受領した手数料について山田の母親名義の領収書を発行しているから、右仲介行為は、日正不動産の業務としてされたものではなく、山田個人の行為であったと認めることが相当である。

<3> 右(一)認定のとおり、A物件に係る仲介手数料の額は、本件A物件売買契約締結時には、山田と岩本の間において、二二〇万円と決まっていたものと認められる。

ところで、宅地建物取引業者が一方当事者から受領することができるA物件に係る仲介手数料の上限額は、一二三万円である(宅地建物取引業法四六条、昭和四五年一〇月二三日建設省告示一五五二号)ところ、右の二二〇万円は、その二倍近い額である。

しかし、本件のA物件の取引においては、仲介したのは山田のみである上、証拠(原告代表者)によると、山田は、斎藤弁護士の側からは手数料の支払を受けることができなかったものと認められるから、山田が、岩本から両当事者から支払を受けることができる手数料の支払を受けたとしても、必ずしも不自然ではない。

また、右の二二〇万円は、代金額三九〇〇万円の約五・六パーセントに相当するところ、B物件の取引において、イヨハウジングが山田に支払った仲介手数料の額五〇万円は、代金九八〇万円の約五・一パーセントに相当すること及び宅地建物取引業者が一方当事者から受領することができるB物件に係る仲介手数料の上限額は、三五万四〇〇〇円である(宅地建物取引業法四六条、昭和四五年建設省告示一五五二号)ところ、山田が受領した仲介手数料の額は五〇万円で、右上限額を大幅に上回っていることからすると、B物件の取引の仲介手数料の額に照らしても、右の二二〇万円という仲介手数料の額は不自然ではない。

<4> 右<3>の点について、被告は、A物件に係る仲介手数料の額は、山田が昭和六二年八月六日に受領した一〇〇万円のみであり、平成元年二月二〇日に受領した一二〇万円は、A物件の明渡しについての尽力に対する手数料又はA物件の価格が高騰して利益を得たことに対する謝礼として、支払われたものであると主張する。しかし、右(一)で認定したとおり、A物件の明渡しについては、斎藤弁護士や佐脇弁護士が担当しており、山田は、強制執行に一回立ち会ったのみである(明渡執行が完了する日にさえ立ち会っていない)から、山田に対してA物件の明渡しについての尽力に対する手数料として一二〇万円が支払われたということは、考えられない。また、売買契約後A物件の価格が高騰して岩本が利益を得たとしても、そのことによって岩本が山田に謝礼を支払うべき理由はないから、A物件の価格が高騰して利益を得たことに対する謝礼として一二〇万円が支払われたとも認められない(証人岩本健一は、自分たちは業として不動産を扱っているから、買い受けた後に価格が上がったからといって、後で謝礼を支払うことはない旨供述しているが、この供述は信用することができるものである。これに反する乙二一(国税不服審判所における岩本に対する電話聴取書)の記載は信用することができない。)。

<5> 以上述べたところからすると、山田が個人として行った仲介行為の結果本件A物件売買契約が成立し、そのことにより、右契約成立時に二二〇万円の仲介手数料債権が発生したものと認められる。したがって、右の二二〇万円の仲介手数料債権は、山田個人に帰属していたものということができる。

<6> そこで、右の二二〇万円の仲介手数料債権のうち、昭和六二年八月六日に支払われた一〇〇万円を除く一二〇万円の債権が、原告が設立されたことによって、原告に移転されたかどうかについて判断するに、右1(二)のとおり山田は原告設立後は不動産業に関する山田個人の事業をすべて原告に移転したものと認めることはできないこと及び山田が右一二〇万円の仲介手数料債権を原告に移転したとすべき他の事情も認められないことからすると、山田が右一二〇万円の仲介手数料債権を原告に移転したと認めることはできない。

<7> よって、山田が平成元年二月二〇日に受領した仲介手数料一二〇万円は、原告ではなく、山田個人に帰属するものというべきである。

3  B物件に係る手数料の帰属について

(一) 前記第二の二2(二)の事実に、証拠(甲九の一、甲一三、乙四、一〇、一三ないし一七、証人岩本健一、原告代表者)と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

<1> 斎藤弁護士は、昭和六二年一〇月ころから、山田に対し、B物件の売却について相談していたところ、昭和六三年春ごろ、B物件の不動産競売手続において評価人の鑑定書が提出された。山田は、評価人の鑑定価格よりも高額で売却できると考えたので、斎藤弁護士に、競売手続によることなく売却することを勧め、斎藤弁護士は、同年五月に入ってから、山田に対し、売却先の紹介を依頼した。斎藤弁護士の希望価格は、一〇五〇万円であった。

<2> 山田は、イヨハウジング代表者岩本に、B物件の買受けを打診したところ、岩本は、九八〇万円で買い受けることを希望し、昭和六三年五月二三日に、B物件を代金九八〇万円で買い受ける旨の買付証明書を山田に交付した。また、そのときまでに、売買契約が成立した場合には、イヨハウジングが仲介手数料として五〇万円を支払うことが決まっていた。

<3> 岩本が、斎藤弁護士と交渉した結果、代金額を九八〇万円とすることに当事者双方が合意し、昭和六三年六月八日に裁判所の許可を得た上、本件B物件売買契約が締結された。

(二) 前記第二の二2(二)の事実、右1(一)認定の事実及び右(一)認定の事実に基づき、B物件に係る手数料の帰属について判断する。

<1> 山田は、斎藤弁護士から、B物件について売却先の紹介を依頼されたときは、日正不動産の社員であり、原告を設立する予定はなかったが、岩本から、B物件についての買付証明書の交付を受けたときには、既に日正不動産を退職しており、原告の設立準備中であった。そして、その後、山田は、右(一)認定のとおり仲介活動を行い、その結果、原告設立後に本件B物件売買契約が締結されたものである。

<2> 証拠(原告代表者)と弁論の全趣旨によると、山田は、日正不動産を退職した時点で、B物件に関する仲介を日正不動産のために行う意思を失っていたものと認められるから、山田のB物件に関する仲介行為が日正不動産のために行われたとは認められない。

そして、右のとおり山田のB物件に関する仲介行為は山田が原告の設立を考える前から行われていたこと、山田がB物件に関する仲介行為を行っていた当時、原告は、宅地建物取引業の免許を有していなかったため、本格的な活動はできない状況にあったこと、山田は、受領した手数料について、山田の母親名義の領収書を発行していること、証拠(乙二二、原告代表者)と弁論の全趣旨によると、山田は、受領した手数料を、原告に入金することなく、個人的に費消したものと認められること及び右1(二)のとおり山田は原告設立後は不動産業に関する山田個人の事業をすべて原告に移転したものと認めることはできないことからすると、山田の右仲介行為は、原告の「設立中の法人」の行為としてされたとか、原告の行為としてされたということはできず、山田個人の行為であったと認めることが相当である。

<3> したがって、右仲介行為の結果本件B物件売買契約が成立したことにより発生した五〇万円の仲介手数料債権は、山田個人に帰属するものということができ、山田が昭和六三年六月二〇日に受領した五〇万円は、山田個人に帰属するものである。

4  以上のとおり、A、B各物件に係る手数料が原告に帰属するものでない以上、右の各手数料が原告に帰属するものであることを前提としてされた以下の各処分は、取消しを免れない。

(一) 被告が平成四年四月二八日付けでした原告の平成元年三月期の法人税の更正のうち所得金額マイナス六九万七四〇〇円、納付すべき税額〇円を超える部分及び重加算税賦課決定

(二) 被告が平成四年四月二八日付けでした原告の昭和六三年六月分源泉徴収に係る所得税についての納付の告知及び不納付加算税賦課決定

(三) 被告が平成四年四月二八日付けでした原告の平成元年二月分源泉徴収に係る所得税についての納付の告知及び不納付加算税賦課決定(平成四年一二月二四日付けの納付の告知及び不納付加算税賦課決定により減額された後の部分)

(四) 被告が平成四年四月二八日付けでした原告の平成二年三月期の法人税の更正のうち所得金額一九万八七九五円、納付すべき税額五万六四〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定

二  争点2(役員報酬額)について

1  証拠(甲四、甲一四の一ないし二四、甲一五の一、二、甲一六、一七、甲二〇の一、二、甲二一の六、七、一一、乙一三、二三ないし四一、証人種村敏、原告代表者)と弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

(一) 山田の職務の内容

山田は、原告の唯一の常勤取締役であり、原告設立以来、代表取締役として、不動産の代理・仲介業に従事してきた。

原告の営業時間は、午前九時から午後八時までであり、山田は、少なくとも原告の営業時間内は、原告のために働いてきた。

原告は、弁護士の依頼によって、係争中の不動産や競売事件・破産事件の対象となっている不動産を扱うことが多い。原告が平成三年三月期に扱った取引のうち、約半数が弁護士が関与した取引であった。このように弁護士からの依頼が多いのは、山田が、約一二年間にわたり法律事務所に勤務したことにより弁護士との人的なつながりがあることによる。また、山田は、これらの物件の代理・仲介業務を行うに当たっては、法律事務所に勤務したことにより得た知識、経験を活用して処理してきた。

原告の設立から平成元年五月一日までは、原告の使用人は親族のみであったが、同年六月一日から、女子事務員を一名雇用した。また、原告は、平成二年四月、法律事務所に勤務した経験はあるが不動産業に従事した経験はない柴田を雇用した。

(二) 原告の収益の状況

原告の成立以降における売上金額は、別紙一の「売上金額」欄記載のとおりであり、売上総利益の額も同額である。これらの額は、平成三年三月期は、平成二年三月期に比べて、約一・五三倍になった。

(三) 原告における使用人に対する給料の支給状況

原告の使用人に対する給料の支給状況は、別紙一の「使用人」欄記載のとおりである。

原告が平成三年三月期に雇用した柴田に支給した給与四八〇万円と賞与四〇万〇五二六円を除いて、原告が使用人に支給した給料(給与と賞与)の合計額を、平成三年三月期と平成二年三月期で比較すると、平成三年三月期は、平成二年三月期に比べて、約一三〇万円増加し、約一・三二倍になったということができる(その内訳は、給与の合計額が、約三〇万円増加し、約一・一倍になり、賞与の合計額が、約一〇〇万円増加し、約二倍になったということができる。)。

また、柴田に支給されたものを含めて原告が使用人に支給した給料(給与と賞与)の合計額を、平成三年三月期と平成二年三月期で比較すると、平成三年三月期は、平成二年三月期に比べて、約六五〇万円増加し、約二・六倍になったということができる(その内訳は、給与の合計額が、約五一〇万円増加し、約二・六五倍になり、賞与の合計額が、約一四〇万円増加し、約二・四倍になったということができる)。

(四) 類似法人における役員報酬の支給状況

名古屋国税局長は、別紙三の抽出基準に該当する法人を、類似法人と認め、右の要件に該当する法人一〇社について、売上金額、個人換算所得額、役員報酬額、使用人の給料の額を調査した(本件調査)。その結果は、別紙二及び四のとおりである。

なお、被告は、平成三年三月期の更正処分を行うに当たって、<1>不動産の代理仲介業を営む法人、<2>原告の売上金額を基準として、売上金額が二倍から二分の一の範囲の法人、<3>報酬を受け取っている役員が代表者のみの法人、<4>原告と代表者の年齢差が一〇年以下の法人、<5>代表者の経験年数一〇年以内の法人、<6>名古屋市内において名古屋西税務署又は同税務署と管轄区域が隣接する税務署の管轄区域内に本店がある法人の各要件をすべて満たす法人五社を類似法人として選定し、その売上金額、役員報酬額等を調査した。そして、その結果に基づき、適正報酬額を一八〇〇万円と認定して、右更正処分を行った。

2  右1認定の事実に基づき山田に対する適正報酬額について判断する。

(一)<1> 令六九条が規定する適正報酬額は、当該役員の職務の内容、当該法人の収益及びその使用人に対する給料の支給の状況、類似法人に対する報酬の支給の状況等に照らして定まる客観的相当額(ある役員の役務の対価として相当と認められる金額は一定額に限られるものではないから、ここにいう額は、その性質上、相当と認められる金額中の最高額を意味することになる。)が、これに当たるというべきである。そして、右客観的相当額の算定については、令六九条が規定する各事項を総合考慮して、当該法人の役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額の限度を確定すべきである。

<2> 被告は、本件調査結果に基づき、別紙五の計算式によって算定された額が平成三年三月期における山田に対する適正報酬額であると主張する。

しかし、役員報酬は、各法人においてその具体的事情に応じ個別的に定めているものであり、法人間で報酬額に多少の差異があるのが通常であるから、類似法人の平均値を基準として原告と平均値との売上金額等の差異を修正した額を超える金額が、常に不相当な額であるということはできない。したがって、被告の右主張を採用することはできない。

<3> 他方、原告は、平成二年三月末日の時点で六〇〇〇万円の売上げを見込むことができる具体的な取引の予定があり、その他にも売上げを見込むことができる状況にあったので、平成三年三月期の売上金額を一億円と想定して、平成二年五月二五日開催の株主総会において、本件役員報酬の額を決定したから、本件役員報酬の額は過大ではない旨の主張をし、原告代表者は、これに沿う供述をする。しかし、右1(二)認定のとおり平成三年三月期における原告の売上金額は六八一〇万円である。適正報酬額は、右のとおり客観的相当額であるから、仮に平成二年五月二五日開催の株主総会の時点において原告が主張するような状況にあったとしても、適正報酬額は、右六八一〇万円に基づいて認定すべきであるといえるし、また、適正報酬額は売上金額のみで決まるものでもないから、原告の右主張を採用することはできない。

さらに、原告は、適正報酬額は別紙六の算式によって算定すべきであるとも主張するが、一・五ないし一・八という調整値の根拠が不明であるから、原告の右主張を採用することもできない。

(二) そこで、令六九条が規定する各事項について総合考慮すると、次のようになる。

<1> 山田の職務の内容、原告の収益の状況及び原告の使用人に対する給料の支給状況

ア 右1(一)認定の事実によると、原告の業務は、山田の働きに大きく依存しているということができる。そして、右1(二)認定のとおり、平成三年三月期には、平成二年三月期に比べて、売上金額が約一・五三倍になったことからすると、原告の取り扱う物件の量も多くなったものと推認することができるから、山田の職務は、平成三年三月期には、平成二年三月期に比べて多忙になったものと推認することができる。もっとも、右1(一)認定のとおり、原告は、平成三年三月期に柴田を雇用しているが、柴田は、法律事務所に勤務した経験はあるものの不動産業の経験はないことからすると、柴田を雇用した事実は、山田が職務が平成三年三月期には平成二年三月期に比べて多忙になったとの右認定を覆すに足りるものではない。

イ 原告の山田に対する役員報酬の額は、平成三年三月期には、平成二年三月期に比べて、約二・七倍になっているが、これは、右売上金額の増加率をはるかに上回るものである。

また、右1(二)認定のとおり、原告の売上総利益は、平成三年三月期には、平成二年三月期に比べて、約一・五三倍になったが、右の山田に対する役員報酬の増加比率は、右売上総利益の増加比率をはるかに上回るものである。

さらに、右1(三)認定のとおり、柴田に支給したものを除く原告が使用人に支給した給料(給与と賞与)の合計額は、平成三年三月期には、平成二年三月期に比べて、約一・三二倍になったが、右の山田に対する役員報酬の増加比率は、右使用人の給料の増加比率をはるかに上回るものである(右の山田に対する役員報酬の増加比率は、柴田に支給したものを含めた原告が使用人に支給した給料の合計額を、平成三年三月期と平成二年三月期で比較した場合の増加比率(約二・六倍)をも上回る。)。

<2> 類似法人における役員報酬の支給状況

ア 右1(四)認定のとおり、別紙三の基準によって法人一〇社を抽出し、それらの法人について、売上金額、個人換算所得額、役員報酬額、使用人の給料の額を調査した結果(本件調査結果)は、別紙二及び四のとおりであることが認められる。

イ ところで、類似法人の抽出については、報酬額比較のための資料である以上、業種、業態、規模、収益状況等ができるだけ当該法人と類似するものであることが望ましいものの、その報酬額は、客観的に相当な金額を算定するための一資料として用いられるに過ぎないものであるから、その類似性は厳密なものでなくても資料としての意義は失われないものと考えられる。

ウ そして、本件調査において抽出された法人は、その抽出基準からすると、原告との報酬額比較のための資料として用いることができるだけの類似性を有するものと認められる。

この点について、原告は、「原告は、係争中の不動産や競売事件・破産事件の対象となっている不動産を扱うことが多いが、このような不動産の仲介・代理業務は、通常の不動産の仲介代理業務とは異なる業務が存すること、成約までの期間が長期間にわたること、売主側の事情によって取引が不成立になる可能性が高いことなどの特殊性があるところ、名古屋市内には、このような不動産の仲介・代理を中心的な業務とする業者はほとんど存在しないから、本件調査において抽出された法人は、原告と類似していない。」と主張し、原告代表者は、右主張に沿う供述をする。しかし、個々の仲介・代理の案件ごとに、その案件固有の業務が存することは当然のことであるし、成約までの期間が長期間にわたったり、売主側の事情によって取引が不成立になったりすることは、係争中の不動産や競売事件・破産事件の対象となっている不動産ではない不動産の代理・仲介業務においても存在するものであるから、原告の仲介・代理の業務が他の不動産業者の仲介・代理の業務と大きく異なっていると認めることはできない。そして、このことに右イで述べたところをも併せ考えると、本件調査において抽出された法人は原告に類似していない旨の原告の右主張を採用することはできない。

また、原告は、本件調査において類似法人として抽出された法人一〇社(別紙二、四の法人)のうち名古屋中アと千種アは、売上金額と売上総利益額に差があることからすると、不動産の仲介・代理のみならず、不動産を仕入れて転売する業務も行っていたと考えられるから、不動産の仲介・代理のみを行う原告とは、その業務が大きく異なると主張する。確かに、右の二社については、売上金額と売上総利益額に差があることからすると、不動産の仲介・代理のみならず、不動産を仕入れて転売する業務も行っていた可能性が高いが、証拠(証人種村敏)によると、右の二社は、不動産の仲介・代理の業務も行っていたと認めることができるから、必ずしも原告の類似法人とすることに合理性がないということはできない。

さらに、原告は、本件調査において類似法人を抽出するに当たり所得金額が欠損金額である法人を除いているが、類似法人を抽出するに当たって、所得金額が欠損金額である法人を除くと、役員報酬が高額である法人が除かれることになり、そのような法人の数値を基に山田に対する適正報酬額を算定することは、適切ではなく、また、原告は、平成三年三月期には、創立してから三期目の伸び盛りの時期にあったが、このような点も類似法人の抽出に当たって考慮されていないと主張するが、所得金額が欠損金額であるからといって役員報酬が高額であると認めるべき根拠に乏しいし、また、法人創立後の経過年数を考慮しないからといって直ちに本件調査において抽出された法人の資料としての意義が失われるということはできないから、原告の右主張は採用することができない。

エ 本件調査結果からすると、次の各点を指摘することができる。

a 原告の平成三年三月期の売上金額及び売上総利益額は、類似法人の該当年度の売上金額及び売上総利益額の平均値とほぼ類似している。

b 原告の平成三年三月期の売上金額の対前年度増加比率は約一・五三倍であるところ、類似法人の該当年度の売上金額の対前年度増加比率の平均値は約一・五六倍であり、近似している。

c 原告の平成三年三月期の個人換算所得は、類似法人の該当年度の個人換算所得の平均値の約一・四倍である。

d 原告の平成三年三月期の使用人給料総額は、類似法人の該当年度の使用人給料総額の平均値とほぼ類似している。

e 原告の平成三年三月期の使用人給料最高額は、類似法人の該当年度の使用人給料最高額の平均値の約一・三四倍である。

f 原告の本件役員報酬の額は、類似法人の該当年度の役員報酬の平均値の約二・五三倍である。

g 類似法人の該当年度の役員報酬の最高額は一五〇〇万円であるが、本件役員報酬の額は、三〇〇〇万円であり、右最高額の二倍である。

以上述べたところからすると、類似法人と比較して、原告の本件役員報酬の額が著しく高額であることは明らかである。

オ なお、原告は、本件調査において類似法人として抽出された法人一〇社の数値と右1(四)認定の被告が平成三年三月期の更正処分時において抽出した法人五社の数値は、大きく異なるが、このことは、課税者の側において抽出基準を操作することによって自己に有利なデータを作り出すことができることを示していると主張する。しかし、本件調査の結果と右更正処分時の調査の結果が異なるからといって、直ちに本件調査において課税者の側が抽出基準を操作して自己に有利なデータを作り出したと認めることはできないし、右認定のとおり本件調査において抽出基準は合理的なものであって、被告の側で抽出基準を操作して自己に有利なデータを作り出したとすべき事情は認められない。また、原告は、原告の側では、抽出された法人について調査することができないとも主張するが、原告の側では、具体的な抽出された法人について調査することができないとしても、抽出基準や調査結果の合理性を争って主張立証をすることができるから、対抗手段を有しているといえる。したがって、山田に対する適正報酬額の認定に当たって本件調査結果を参考にすることに問題はない。

さらに、原告は、本件調査の結果と右更正処分時の調査の結果が異なることからすると、納税者の側で適正報酬額を知ることが不可能又は著しく困難であるということができ、そのような方法によって税額を算定することは租税法律主義に反すると主張する。しかし、適正報酬の認定に当たっては、類似法人に対する報酬の支給の状況だけでなく、当該役員の職務の内容、当該法人の収益及びその使用人に対する給料の支給の状況等についても考慮されるところ、当該役員の職務の内容並びに当該法人の収益及びその使用人に対する給料の支給の状況は納税者自身で把握している事柄であるし、類似法人に対する報酬の支給の状況についても、納税者の側で、課税者の側の調査とは別に、入手可能な資料からある程度予測ができるものである。したがって、納税者の側で適正報酬を知ることが不可能又は著しく困難であるということはできないから、原告の右主張は採用することはできない。

<3> 以上述べたところを総合すると、平成三年三月期の山田に対する適正報酬額は前年度の報酬額の一・五三倍に当たる一六五二万四〇〇〇円を超えることはないものというべきである。

3  原告の平成三年三月期の所得金額は、確定申告の金額マイナス六万三六六二円に、本件役員報酬の額が適正報酬額を上回る金額を加算した額となるところ、右2で述べたところからすると、右所得金額が一三四一万二三三八円を下回ることはないから、右所得金額は、平成三年三月期の更正処分における所得金額一一八八万六二三八円を上回ることになる。また、原告の平成三年三月期の納付すべき税額も、平成三年三月期の更正処分における納付すべき税額三六四万八五〇〇円を上回ることになる。

さらに、右のとおり過少申告があったことになり、過少申告加算税の額は五二万八五〇〇円を上回る。

したがって、平成三年三月期の更正処分及び過少申告加算税賦課決定は適法であるから、これらの処分の取消しを求める請求は理由がない。

第五総括

以上の次第で、主文のとおり判決することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 森義之 裁判官 岩松浩之)

別紙一

売上金額と役員報酬及び使用人給料支給状況等

<省略>

別紙二

類似法人の売上金額等一覧表

<省略>

別紙三

類似法人の抽出基準

類似法人は、以下の選定基準に基づき、抽出されたものである。

対象者

原告と同じ名古屋市において、次の一ないし五のいずれにも該当する本店法人

一 日本産業分類(行政管理庁)の分類項目表による大分類K-不動産業のうち、中分類六九-不動産取引業のうち、小分類六九二のうち、六九二一不動産代理業・仲介業を営む本店法人で、平成二年四月一日以降平成三年三月三一日間に終了する事業年度について法人税法第一二一条(青色申告)の承認を受けて、法人税の確定申告書を提出した法人で、次のイないしニに該当する法人は除く。

イ 上記期間の中途において、設立、解散、休業又は業種目等の変更並びに決算期等を変更した法人

ロ 更正処分又は決定処分を受けた法人のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない法人並びに不服申立中又は訴訟中の法人

ハ この報告書の作成日現在において、法人税の調査が行われている法人

ニ 他の業種目を兼業している法人

二 当該事業年度における売上金額が、年額三千四百万円を超え一億三千六百万円以下の範囲内にある法人

(注) 右売上金額については、回答日現在で確定している申告又は調査後の金額により判定する。

三 当該事業年度における常勤の役員が、一名の法人

四 当該事業年度における使用人の数が、二名ないし八名の法人

五 申告所得金額が欠損金額でない法人

別紙四

類似法人の売上総利益額等一覧表

<省略>

別紙五

被告が主張する適正報酬額の計算表

<省略>

別紙六

<省略>

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